上里町指定文化財
金窪城跡(館跡)

金窪城跡(金窪館跡)-埼玉県指定旧跡

金窪城は治承年間(1177~1180)に加治家季が築城していて、別名が、「たや城」とも呼ばれ、武蔵国と上野国の国境で重要な位置を占めていました。天正10年(1582)に、神流川合戦で織田信長軍に攻められ落城する。その後、徳川家康の家臣で川窪信俊が城主になるが、元禄11年(1698)に丹波に国替となり、金窪城は廃城となりました。(上里町の案内板より)所在地-上里町金久保1570他

陽雲寺の銅鐘

陽雲寺の銅鐘-埼玉県指定有形工芸品

この銅鐘は江戸時代の元禄8年(1695)に、下野国佐野の鋳物師、井上元峰によって、鋳造されました。頂部の龍頭が上向きで朝鮮式と言われ、高さ190cm、口径98.3cmあり、縦帯に仏像4体が陽鋳されています。銅鐘の池の間部分に長文の銘があります。朝鮮式銅鐘は県内でも少ないそうです。 (上里町・陽雲寺案内板より)所在地-上里町金久保701

大光寺勅使門-上里町指定有形建造物

大光寺の勅使門(惣門)は建保3年(1215)に武蔵七党で丹党の勅使河原権三郎有直が創建。勧請開山は日本へ初めて禅宗を伝えた栄西禅師といわれる。天正10年(1582)の神流川合戦により、本堂などは焼失し惣門のみ残る。栄西禅師直筆という扁額が残っている。 (上里町案内より)所在地-上里町勅使河原1864

見透燈籠-上里町指定有形歴史

この見透燈籠は、文化12年(1815)に本庄宿の商人、戸谷半兵衛が中仙道を往来する人々の寄付を募って、神流川を渡る旅人のために造立したそうです。この燈籠は本庄宿と新町宿の両側にあった常夜灯で、大光寺にある燈籠は明治20年代に移転された、本庄宿側の見透燈籠です。 (上里町案内より)所在地-上里町勅使河原1864

マキの木-上里町指定天然記念物

上里町のマキの大木は大御堂の宝蔵寺の左側の道路わきにある。樹齢約800年と言われていて、目通り4.9m、樹高13.9mで、昭和37年に上里町の天然記念物として指定されています。(上里町案内より)所在地-上里町大御堂737

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