塙保己一

塙保己一 本庄市育ちで「群書類従」をまとめた盲目の国学者

塙保己一(はなわ ほきいち) 江戸時代に活躍した全盲の国学者(1746~1821)です。塙保己一は現在の埼玉県本庄市児玉町保木野で延享3年5月5日(1746年6月23日)に生まれ、7才で失明し15才で江戸に旅立ちました。雨富検校に認められ、40年の努力のもとに「群書類従」という大文献集を編さんした。文政4年(1821)に総検校になりました。同じ文政4年9月12日(1821年10月7日)に没する。塙保己一の生家も本庄市の同じ場所に、茅葺屋根の大きな二階建てで保存されている。昭和19年に国指定史跡となる。(埼玉県、本庄市の案内資料より)塙保己一座像は平成2年(1990)に塙保己一遺徳顕彰会が建立。

塙保己一記念館

本庄市のアスピアこだま内にある、塙保己一記念館には埼玉県指定文化財(歴史資料)となっている、塙保己一遺品及び関係資料として、「巾着」、「和学講談規律書」、「上京日記」、「保己一の借用証」「短冊」など、98点が収蔵展示され、映像や、音声ガイドもあります。

遺徳顕彰祭

本庄市では塙保己一の命日にあたる9月12日は塙保己一先生遺徳顕彰祭を催し、市民や地元の小学生が献花します。

塙保己一旧宅-国指定史跡

塙保己一の生家。 荻野辰之助は15才で江戸に旅立つまでは児玉郡保木野村で育つ。近くには龍清寺がある。

旧塙保己一記念館(雉岡城跡)1967~2015

塙保己一旧宅全景 塙保己一の生家までは関越自動車道の本庄児玉インターからは約15分程度です。

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