木村九蔵

木村九蔵 競進社模範蚕室を残した郷土の偉人

木村九蔵は、養蚕改良家で「一派温暖育」という温暖飼育法を考案した人。木村九蔵は1845年に上州緑埜郡高山村の高山に5男として生まれる。23才の時に、武州児玉郡新宿村の木村勝五郎の養子となり、木村九蔵と改めた。養蚕の研究を進めながら、明治5年に温暖飼育法を発表する。木村九蔵は、明治17年頃、児玉町に養蚕の児玉伝習所を開設した。その後、明治27年(1894)に児玉伝習所内に競進社模範蚕室を建設した。全国各地から飼育法を学んだ卒業生が多く、各地に広めたため、養蚕業の発展に大きな貢献をした。木村九蔵は、藤岡市の高山社を創設した高山長五郎の弟です。*『一派温暖育』とは・・・養蚕の飼育法で、炭火の火力で蚕室の湿気を排除して、病蚕を防ぎ飼育の日数を短縮する方法です。(競進社案内資料他)

木村九蔵が建てた競進社模範蚕室は児玉駅から2~3分のところにあります。児玉白楊高等学校の前の児玉農業高等学校はこのすぐ南側にありました。藤岡の高山社とならんで本庄市競進社模範蚕室は見学スポットになっています。