児玉郡市 神社

金窪神社 上里町金久保

上里町金久保 金窪神社

金久保 金窪神社の由緒
名称 金窪神社(かなくぼじんじゃ)
祭神 誉田別命(ほむたわけのみこと)
所在地 埼玉県児玉郡上里町金久保1511-8
建立年 大永五年(1525)
格式 旧村社
由来 社伝によると、神流川と烏川の合流点付近に位置する金久保は、「金窪」とも書き、その地内には秩父郡の土豪で、南北朝時代に新田義貞と共に転戦した畑時能の居城である金窪城があったことで知られる。金窪城は、戦国時代には小田原北条氏の勢力の北限の守りとして、天正十八年(1590)に徳川氏の支配下に入るまで氏邦の臣の斎藤氏の居城であった。「明細帳」によれば、当社は大永五年(1525)に金窪城主の斎藤盛光が鎌倉の鶴岡八幡宮を城内に勧請したことに始まり、武運守護神として斎藤氏の崇敬を受けてきたが、天正十年(1582)の神流川合戦によって斎藤氏が敗退した後は、村民が村の鎮守として祀るようになったものという。明治五年には村社となり、明治四十四年には八幡神社の社号を金窪神社と改めた。
例祭日 10月15日に近い日曜日
祈願 交通安全、厄除開運、家内安全
指定 金窪神社の獅子舞

金久保 金窪神社の鳥居 金久保 金窪神社の社殿

金久保 金窪神社の鳥居と社殿

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