本庄かるた・石碑-は~ほ 四季と歴史
本庄かるた-は

本庄かるた-は

〈利根の流れか 旅寝の夢か 音も背で降る 春の雪・・・〉と情緒豊かに歌い込まれている「本庄小唄」は、二十一才の若さでこの世を去った、市内の若き詩人・小林菊繁さんが亡くなった年の昭和八年に作詩したもので春夏秋冬の本庄の美しい情景が表現されています。この詩を刻み込んだ石碑が若泉公園に。(本庄かるたより)

本庄かるた-は 読み札

本庄かるた-は 読み札

春の雪 音も背で降る 本庄小唄

本庄かるた碑-は

本庄かるた碑-は

本庄駅前広場付近にあり

本庄かるた-ひ

本庄かるた-ひ

御岳教を創設した普寛上人は秩父郡大滝村で、生まれ、木曽の御嶽山などを開き、享和元年(1801)本庄でなくなりました。このため大滝村、御嶽山、本庄が三大霊地とされ、本庄の普寛霊場では春秋二回の例祭が行われています。この日は、全国各地から集まった修験行者の「火渡り」などの神事が行われ、多くの観光客の歓声を誘っています。(普寛霊場は若泉の霊域②にとして本庄新八景の一景)

本庄かるた-ひ 読み札

本庄かるた-ひ 読み札

火渡りで にぎわう霊場 普寛様

本庄かるた碑-ひ

本庄かるた碑-ひ

本庄の普寛霊場の境内にあり

本庄かるた-ふ

本庄かるた-ふ

嘉永六年(1853)江戸期の文人・小暮雪堂が本庄宿の名勝八か所を「近江八景」になぞらえて「本庄八景」を選びましたが、当時の面影をとどめるものはほとんど残っていません。本庄コミュニティ市民運動推進協議会では、市制施行三十周年記念事業として環境資源の保全を目的に、市民投票で「本庄新八景」を選定し、美しい絵はがきにまとめ、後世に残すことにしました。

本庄かるた-ふ 読み札

本庄かるた-ふ 読み札

ふるさとの おもかげ残す 新八景

本庄かるた碑-ふ

本庄かるた碑-ふ

本庄ふるさとフラワーパークの園内にあり

本庄かるた-へ

本庄かるた-へ

本庄市の市章は、本庄の頭文字をかたかなの「ホ」で三方から円型に図案化したものです。これは、市民の集まりと和を象徴したもので、円満な力強い本庄市を意味づけています。昭和三十年の十一月に制定されました。

本庄かるた-へ 読み札

本庄かるた-へ 読み札

平和と 調和をあらわす 本庄市章

本庄かるた碑-へ

本庄かるた碑-へ

本庄市役所の西側道路入口付近にあり

本庄かるた-ほ

本庄かるた-ほ

不動剣は徳川時代末期、大正院に下総・成田山の御分影を迎え、不動堂を建立したときに奉納されたものです。長さは50.2cmで、銘文によると地元の刀鍛冶師・長谷部若狭守国治が江戸時代末の慶応三年二月(1867)に制作したもので、昭和五十四年に市の文化財に指定されました。

本庄かるた-ほ 読み札

本庄かるた-ほ 読み札

炎燃え 正邪をただす 不動剣

本庄かるた碑-ほ

本庄かるた碑-ほ

大正院の境内にあり



➡本庄かるた・石碑-ま~も

Top