本庄城跡−本庄市の名所

本庄市にあった本庄城は、1556年(弘治2年)本庄宮内少輔実忠(くないしょうゆさねただ)により築城されたといわれている。本庄氏は山内上杉氏に属したが1567年に後北条氏の攻めにて落城、その後、実忠の子で隼人正(はやとのしょう)の代で1590年(天正8年)豊臣秀吉の関東攻めにより再び落城した。徳川家康の関東入国に伴い、信濃国松尾(しなののくにまつお)の城主小笠原信嶺(おがさわらのぶみね)が1万石を賜り新城主となるが1612年(慶長17年)、その嗣子信之(ししのぶゆき)の代に古河城に移封され、本庄城は廃城となる。本庄城跡は昭和33年本庄市指定の文化財になっている。(本庄市−城跡案内資料より)

本庄城跡碑と鳥居

本庄城跡碑と城山稲荷神社鳥居

本庄城跡の入口付近

本庄城跡の入口付近

本庄実忠は東本庄館(北堀地内)の本庄実明の長男として生まれ、5代目館主となる。

城山稲荷神社と大ケヤキ

城山稲荷神社と御神木の大ケヤキ

ヤブツバキ−本庄市指定文化財

ヤブツバキ−本庄市指定文化財

城山稲荷神社は本庄実忠が本庄城の守護神とするため、西本庄から椿稲荷明神を奉斉したといわれる。


本庄城跡には本庄城跡碑を見て鳥居をくぐり桜の参道を少し進むと段の下がった奥手に、城山稲荷神社がある。
社殿のすぐ前の大ケヤキは目通り6.3mで樹齢は約400年になり埼玉県指定天然記念物である。また、右の写真の碑があるように
城山稲荷神社は本庄新八景の1つでもある。

本庄新八景の碑

               

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